加齢に伴う健康課題への対応

高齢化社会が進む日本中で高齢従業員の健康課題にどのように対応すべきか。職場での対策をOHサポート株式会社 代表 産業医の今井 鉄平先生にご寄稿いただきました。

目次

はじめに

超高齢社会を迎えた日本において、60歳以上の高齢従業員の割合が年々高まりを見せている状況にあります。
高齢者特有の健康課題として、①加齢による機能低下、②加齢と長年の生活習慣の影響による疾病の増加、③労働災害の多さの三点があげられます。事業者と高齢労働者それぞれがこれらの課題を認識し、対応に取り組むことで、加齢による機能低下や疾病による影響は最小化でき、関連する労働災害も防止可能とされています。

加齢による機能低下

加齢により低下しやすい機能として、感覚機能(視覚、聴覚、嗅覚、触覚、平衡感覚)、下肢筋力、柔軟性、速度に関する運動機能、精神機能(記憶力や学習能力)があげられます。なお、高齢者の健康状態は個人差が大きいことが特徴となります。

 それぞれの状況に応じ、フレイルやロコモティブシンドロームについても考慮する必要があります。フレイルとは、加齢とともに、筋力や認知機能等の心身の活力が低下し、生活機能障害や要介護状態等の危険性が高くなった状態のことです。また、ロコモティブシンドロームとは、年齢とともに骨や関節、筋肉等運動器の衰えが原因で「立つ」、「歩く」といった機能(移動機能)が低下している状態のことです。

 これらに対して、あまり低下しない機能には、手や上腕の筋力、筋作業持久能、分析と判断能力、計算能力などがあります。さらに、長年蓄積してきた豊富な経験、知識と卓越した技術、慣れた業務であれば正確に遂行できるといった優れた点も多く認めます。

労働災害の多さ

労働災害による休業4日以上の死傷者数のうち、60歳以上の従業員の占める割合は増加傾向にあり、2021年時点で25.7%でした。また、従業員千人当たりの労働災害件数(千人率)では、発生率が最小となる30歳前後と比べると、70歳前後の高齢従業員の発生率では、男性で2倍、女性で5倍にもなります。こうした傾向には、加齢によりつまづきや転倒が起きやすくなることや、被災時の身体的な反応と外傷を受けた際の回復力の低下等が影響しているものと考えられます。

職場における高齢従業員の健康課題への対応

健康課題に対応するのに、「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(厚生労働省)」を参考にするとよいでしょう。同ガイドラインでは、事業者が取り組むべき事項として、「安全衛生管理体制の確立」、「職場環境の改善」、「高齢従業員の健康や体力の状況の把握」、「高齢従業員の健康や体力の状況に応じた対応」、「安全衛生教育」の5つがあげられています。それぞれのポイントを表にまとめておりますので、参照の上、ぜひ職場で取り組んでみましょう。

表)事業者が取り組むべき事項

①安全衛生管理体制の確立
・経営者の方針表明、担当者の指定、リスクアセスメント(※)
※「高齢労働者の安全と健康確保のためのチェックリスト(図1)」参照
②職場環境の改善
・身体機能の低下を補う設備・装置の導入(主にハード面の対策)
例)階段に手すりの設置、通路の段差の解消(スロープの設置等)
・高齢従業員の特性を考慮した作業方法の見直し(主にソフト面の対策)
例)注意力や集中力を必要とする作業について作業時間を考慮
③高齢従業員の健康や体力の状況の把握
・定期健康診断等の確実な実施
・高齢従業員を対象にした継続的な体力チェック(※)の実施
※「転倒等リスク評価セルフチェック票(図2)」参照
④高齢従業員の健康や体力の状況に応じた対応
・個々の健康や体力に応じて適合する業務をマッチング
※③の結果、労働時間や作業内容を見直す必要がある場合は、産業医等の意見を聴いて実施することが望ましい
⑤安全衛生教育
・十分な時間をかけ、写真や図、映像等、文字以外の情報も活用した教育を実施
※自らの身体機能の低下が労働災害リスクにつながること、体力維持や生活習慣の改善の必要性を理解することがポイント

図1)高年齢労働者の安全と健康確保のためのチェックリスト(抜粋)

出典:厚生労働省「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」

図2)転倒等リスク評価セルフチェック票(抜粋)

出典:厚生労働省「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」

参考文献:
厚生労働省:高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン), 2020.
亀田高志、小木和孝他:産業安全保健ガイドブック, 労働科学研究所, 2013.

この記事を書いた人

今井 鉄平 氏
OHサポート株式会社 代表 産業医

2022年、日本産業衛生学会奨励賞受賞
【資格】

  • 産業医
  • 日本産業衛生学会専門医・指導医
  • 医学博士
  • 労働衛生コンサルタント
  • 社会医学系指導医
  • Master of Public Health (MPH)
  • 経営管理修士(MBA)


【所属学会】

  • 日本産業衛生学会(前産業衛生学雑誌編集委員)
  • 日本疫学会
  • International Commission on Occupational Health
  • 日本内科学会
  • 日本プライマリ・ケア連合学会 他
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